サマーエンド・ラプソディ
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 



       



さて『真夏の夜の夢』というと、
原作はあのシェークスピアが16世紀後半に書いた戯曲だそうで。
アテネ近郊の森で起きた一晩の騒動を描いた作品。
それへメンデルスゾーンが作曲をして、仕立てた作品がバレエでは有名で、
今やとってもメジャーな“結婚行進曲”も、この作品のために作曲されたもの。
舞台となっているのは“真夏”だが、暦的には“夏至の晩”だそうで、
欧州では“ワルプルギスの夜”と並んで、精霊たちの力が増す晩とも言われている。

お話の方はというと、
アセンズの領主シーシアス様が婚礼を控えていた とある日、
貴族イージアスは、娘のハーミアに
デミトリアスという若者と結婚しなさいと命じます。
それは素晴らしい青年だぞよと薦めるのですが、
ハーミアには既に恋仲となっているライサンダーがおりましたから、
そんな唐突なことを言われても聞けません、
お父様の分からず屋!と受け入れない。(そんな台詞はありません)
そこでイージアスは、
父の命令を聞けない子供は死刑を賜るぞという
古い古い法律をかざすのですが、それも効かない、困ったもんだ。
引っ込みがつかなくなったか、それとも怒り心頭に発したからか、
イージアスは領主のシーシアス様に、
ウチの親不孝な娘を死刑にしてくださいと申請してしまうのです。
シーシアス様は当然悩みます。
自分の晴れやかな結婚式が間近だってのに、
うら若き娘さんを、それも結婚がらみの罪で死刑?
そんな縁起でもない。(おいおい)
そこで…というのも何ですが、
シーシアス様は、ハーミアに
“わたしの結婚までの4日間という猶予を与えます”と告げられます。
思い直してデミトリアスと結婚するか、死刑を賜るかをあなたが選びなさい。
つまりは責任の所在のたらい回しですね。

   今も昔も……大人って。

追い詰められたハーミアとライサンダーは、
こうなったらと駆け落ちすることを決心します。
きっと見張られていようから、
別々に抜け出して森で落ち合おうと約束するのですが、
ハーミアはそのことを親友のヘレナにだけ打ち明ける。
ところで、ヘレナは何とデミトリアスのことが好き。
だったら黙ってハーミアを行かせりゃ良いところですが、
彼女はその話をデミトリアスに伝えてしまうのです。
(伝えはしないが、彼なら後を追うだろうと思い、
 一人で森へ続くという解釈本もあるそうな。)

さて、その森では、
妖精王オーベロンとその妻のタイタニアが冷戦状態。
あまりに愛らしかったからと
妖精の子供とすり替えて攫って来たインドの子供を巡って、
譲れ、いやですと、揉めておいでだったんですね。
(とりかえ子と言って、
 飛び抜けて体力や能力の高い子などは
 “実は妖精の子じゃないか”なんて言われたそうです。)
機嫌を損ねたオーベロンは、妖精パックを呼ぶと、
花の汁から取れる媚薬を使い、タイタニアに目にもの見せてやれと命じます。
オーベロンの影響で強力な魔力を持つその花の汁をまぶたに塗ると、
目覚めて最初に見た者に惚れてしまうという効果があり、
それを使ってとんでもない者に懸想させてしまうのだというのです。
折しも、同じ森には例の4人の男女と、それから、
シーシアス様の婚礼の支度に呼ばれた6人の職人たちが。
その中の一人がロバの頭にされてしまい、
パックは、女王タイタニアをロバに惚れさせることに成功するのですが、
勢い余っての悪戯で、あの4人へも媚薬を使ってしまったため、
恋路の行方はますますとこんがらがってしまう…という次第。

 “…なんだかなぁ。”

懸想話、今時で言えば“恋バナ”に、
あんまり関心がない久蔵さんでも呆れてしまう展開だけれども。
家同士の縁をつなぐことが優先されるという“政略結婚”なんてのは、
日本にだって当たり前に存在したわけで。
昔むかしの封建時代の恋には、制約がいっぱいだったんだろなと思えば、
それを理不尽なこととし、
滑稽な戯曲に仕立てたシェークスピアといい、
それをもっともだと思ってのこと、こんな後世まで残した気風といい、

 “特権階級はともかく、
  一般人の常識のレベルは同じじゃああったらしいな。”

そうなりますかね…って、いやあのその。
そんな冷静に評してて、
恋するお嬢さんをちゃんと演じられるんでしょうか、このお人。
舞踏家としての無駄のない痩躯に絞り上げられた肢体は、
だけれど、まだまだ娘さんらしい繊細な線で縁取られ、
そりゃあ可憐で愛らしく。
さわさわ、ざわざわと、
それなりの緊張や興奮が張り詰めた楽屋の中に静かに座す姿は、
ともすれば、そちらの荒波に隠されてしまいそうなほど。
話相手もいないひとときとあって、
彼女の側でもその気配を小さくしていたのだが、

 「久蔵。」
 「…っ。」

静かなお声をかけられて、はっとお顔を上げた姫様の紅色の瞳に、
黒髪の男性の姿がそれは鮮明に映る。
細いフレームのメガネがややもすると神経質そうな印象ながら、
肩に掛かるほど伸びている直毛をうなじで束ね、
そちら様もどちらかといや痩躯な肢体を、
シックなスーツに包んだ長身の紳士。
そんな存在に気づいたそのまま、
お嬢さんの口元からこぼれ出たのは、何とも甘やかな一言で。

 「ヒョーゴ。」

明らかに関係者ではないものの、
久蔵お嬢様の保護者も同然の主治医のせんせえであり。
スタッフや出演者には既に顔なじみの美丈夫さんゆえ、
顔パスで通されたらしく、

 「遅れてすまなんだな、もうすぐ開演だろうに。」

いつもなら一緒に楽屋入りできるような時間に付き合ってくださるし、
事実、初日はそうしてくれた榊せんせえだが、今宵は急な用事が入ったそうで。
それでも、いつも通り、
初日と千秋楽は必ず観にくるという約束を果たしてくださったので、

 「〜〜〜。(いいの、いいの。)」

間にあったんだもの いいのと、かぶりを振る紅ばらさんの純情さ。
リアル暴漢の 目に余る不埒な振る舞いを見ると、
ついつい激発してのこと、
きりりと尖らせた目ぢからも凛々しいまま、
その瞬発力に任せて飛んでく 気の荒さ(正義感ともいうが…)からは、
想像できない淑やかさでもあり。
バラの蕾を思わせる口元を
仄かにほころばせておいでな微笑みの瑞々しさと来たら、
先程お友達へ見せていた素直なそれの何倍も甘く。
それこそ、ライサンダーの前に立つハーミアの如くという愛らしさ。
ここに脚本家のせんせえが居合わせたなら、
そうかこのお嬢さんは出し惜しみをしていたのだなと、
こうまでの魅力を見抜けなかったし引き出せなかった自分へ歯軋りをし、
またぞろ同じような姫役を割り振り兼ねないほどだったとか。

 “……いい迷惑だ。”

こらこら、なんて罰当たりなことをお思いか、紅ばら様。(笑)
少なくとも、兵庫せんせえは
今のこの華麗なお衣装がようよう映える、
大人しやかな娘さんぶりに、いたく満足なさっておいでであるらしく。

 “そうだよなぁ。
  そういうお年頃になったのだから、
  これからはこういう女性の役が当たり前に増えてくはずだ。”

これまでのように、ジュニアの部での男役だの、
王子へ切りかかる魔物や暗殺者の役だの、
魔法で白鳥にされてしまった娘さんなんていう、跳躍の高さだけ買われた役だの、
おっかないものばかりって訳じゃあなくなるのだなぁと、
感慨しきりなご様子だけれど。
……そうだったんですか、そういうダイナミックな役が多かったと。
でもなんか、本人はそっちの方が楽しそうでもあるのでは?(う〜ん)

 「髪飾りは大丈夫か? 落ちかかったりはしないか?
  ドレスの不具合はなかったのか?
  体調は…万全だよな。
  指先が少し冷たいが、熱いほうが心配だものな。」

せっかくのセットを崩すわけにもいかぬので、
髪や頭を“いい子いい子”と撫でてはやれぬが、
ほれと手を上へ向けて出せば、
そこへ久蔵が自分の手を置くのはいつものことで。
ここも前世から持って来たらしい指先の冷たさを、
最初はとにかく案じたが、
ややあって その方が調子は良いのだと判って来たし。
むしろ暖かいと熱っぽい場合があって もっと心配。
自慢のお嬢様をいたわるように、
そんな他愛ない言葉を掛けてやりつつ、

 “ああ本当に良い子に育ったもんだ。”

時々破天荒な暴れっぷりも見せるようになったが、
前世のあの問答無用な殺伐さに比べれば、
相手の息の根を止めるまでなんて徹底はしないのだから、大人しい方だし。
手加減を覚えたとは何て優しい気心が育ったものか。
自分の嗜好や感覚からだけでやってるんじゃあない、
公序良俗に法った判断からのことなのだから、
むしろそういう不埒な手合いを放置していた官憲、
特に島田警部補、しっかりしろって話だし。
そういう正義感を小さいころから抱えてて、
でもでも…と今まで押さえて来たのかと思えば、
気づいてやれなかったのが可哀想だったよな。
とはいうものの、
今の世ではあれらもまた、
娘がやらかすのは ちーとばかり破廉恥な乱暴なんだから、
俺の裁量の届く限りは体張って支えてやらんとな。
やがては俺に替わる殿御が現れるときまでは…なんつって、
いろいろと感慨深げに思っておいでの榊センセなようですが。

  ところどころに
  親ばかの域をはみ出すレベルのあれこれが
  こっそりと(ごっそりと?)あったような気がするのは、
  果たしてもーりんの気のせいでしょうか?

  「…………お。」

そうこうするうちにも、
進行役のスタッフさんがやって来たようで、
そろそろ開演ですよ、位置についてくださいなと楽屋口で声を張る。
スツールから立ち上がる久蔵さんの、
衣装や何やを最終確認してやって、

 「じゃあな。頑張るんだぞ?」

客席から観ておるぞと、頬をするりと撫でてやるせんせえへ、
それこそ、あちこちに飾られた花輪の山が
束になって掛かっても敵わぬほどの、
初々しくも麗しい、
絶品の頬笑みを披露した、紅ばら様だったそうですじゃ。





      ◇◇◇



定期公演ということで、
毎年毎年当たり前のこととして鑑賞なさる層も多いが、
それ以上に、
近年のスターティングメンバーこそがお気に入りになってのこと、
観に来てくださるようになったという、新しいお客様も少なくはなく。
安定した貫禄のプリマドンナや
男性ダンサーたちがお目当てという方々に混じって、
今回は麗しき姫役の、金髪の舞い手に首ったけという層が結構目立つ。
こそこそと交わされる声に
“みきさんが、きゅうぞう様が”というフレーズが聞こえるし、
紅ばら様が…なぞというお声も聞こえるのは、
あの女学園の生徒さんもいるからか。

 “まま、バレエの鑑賞なんてのは、
  お嬢様には最もふさわしい趣味でもありますしね。”

大好きなお友達への評だけに、何だか我がことみたいにくすぐったい。
お互いにそうと感じるものだから、
ついつい聞こえるたびに顔を見合わせていた七郎次と平八だったが、

 「  …で、幕が下りたら手筈どおりに…。」

そんな彼女らの耳へと届いた、ちょっぴり異質な声。
随分と人気のある公演なのだし、浮いた声しか聞こえぬものが、
それらに反して妙に落ち着き払ったそれだったので、
違和感から聞こえやすかったのだろか。
男性らしい何人かの交わす声のうちの1つが、
やけにくっきりと聞こえた七郎次が、
え?と不審を抱えたまま、隣の平八へ視線をやれば。
彼女もまた、表情を仄かに尖らせて、声が立ったほうへと視線を向けている。
自分を見やる七郎次だと気づくと、
聞こえましたか?と目顔で問うたほどであり、
ということは、平八もまた、
七郎次が感じたのと同じだけ、
何というのか…言いようのない不穏さをその声に感じたということで。

  しかも。

 “これって…わたしだけの気のせいでしょうか?”

不穏なお声が聞こえた辺りの席で、
会場が暗くなる前に、実は…意外なお人を見かけてもいた平八であり。

 “ただの他人の空似かなぁ?”

だって お忙しいはずの人だもんね、
今宵のこの公演に来られないのは仕方がないとして、
打ち上げの方にだって、お顔を出せるかどうか…なんて言ってたらしいしと。
それが一番寂しかっただろう白百合さんのほうを、
こそり案じるように見やったひなげしさんのお顔は、だが、
いよいよの開演とあって客席が一斉に暗くなったせいで、
七郎次に見られずには済んだのでありましたが…。





BACK/NEXT


 *余計なお世話の解説で行数を食ってしまいましたな。
  でもでも、実はわたしも詳しいとこまで知らなかったもんで。
  これに乗じてあれこれ調べられて、儲けた気分でもあったりしますvv
  それにしたって、親の決めた結婚をしないと死刑とは。
  どんだけ意に添わない結婚を強いた親御が多かったのか、
  はたまた、我の強いお子さんが多かったのか。
  それとも、もっと上の領主とかが
  お前のところの娘を差し出せと迫る例も多かったのかな?
  聞かないと死刑だよ?とか脅してサ。

Fuzzy サマヘ 背景素材をお借りしました

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る